ETS手術(Endoscopic thoracic sympathectomy、胸部交感神経遮断手術)は交感神経を遮断することで手掌多汗症による手からの発汗を永続的に止める外科手術です。
人体から発汗を促すように命令する中枢は脳の中の視床下部と呼ばれる部分にあります。視床下部は交感神経や副交感神経といった自律神経を制御する働きをもっています。交感神経が刺激されるとアセチルコリンという神経伝達物質が分泌され、これを汗腺にある受容体が感知し、発汗が促されます。
発汗というのは温熱性発汗、味覚性発汗、精神性発汗の3種類に大別する事ができます。温熱性発汗や味覚性発汗は、先ほどの説明のように視床下部から命令が下され発汗が促されます。一方、精神性発汗の場合は大脳辺縁系から命令が下されるとされており、それ以降は同じような神経の伝わり方をすると考えられていますが、まだよくわかっていないのが現状です。
手掌多汗症は何らかの原因で交感神経の働きが活発になり、汗を分泌するエクリン腺が活性化されて多量の汗を分泌してしまう病気です。
この手汗をおこす信号を伝達する神経刺激経路が胸部交感神経を経由しており、この経路を遮断してしまえば手汗は生じなくなります。
これがいわゆるETS手術と呼ばれるものです。この手術以外にも、頸部にブロック注射をする星状神経節ブロックと呼ばれる手術もありますが、これは一時的な効果にとどまり、永続的に止めたい場合はETS手術が候補となります。
ETS手術では具体的にどのような方法で交感神経を遮断するのか説明していきましょう!
かつてはこの手術は開胸手術であり、それなりのリスクの伴うものとなっていました。しかし、今現在では内視鏡を用いての手術となり、患者への負担はとても小さなものとなっています。
手掌多汗症治療の場合は、わきの下の3カ所の部分を切り、そこにカメラ2本と鉗子(手術用ピンセット)を胸腔(肋骨に囲まれた部分)に入れ、背骨付近にある交感神経を切断します。
通常は左右同時に手術は進められ、他の胸の手術のように管(ドレーン)は入れないので、胸の傷が極めて小さく済み、傷あとは手術直後から目立ちません。
ETS手術にかかる費用は入院費込みで10万程度です。手術自体は15分程度で体への負担も少ないため、当日もしくは翌日退院となるので入院費がそんなにかからず安く済みます!
ETS手術は高額療養費制度を適用できるので、先ほど述べたとおり10万程度の格安で手術が行えます。
高額療養費制度とは、医療費がある限度額を超えた場合はその費用が払い戻されるというシステムです。
自己負担限度額は被保険者の所得に応じて5つに区分されます。例えば区分ウの場合は以下のようになります。
区分ウ)標準報酬月額28万~50万の方
自己負担額 = 80,100円+(総医療費 - 267,000円)x1%
また、区分エ(標準報酬月額26万円以下)、区分オ(市町村民税非課税者)の自己負担限度額は定額でそれぞれ57,600円、35,400円となっています。
ちなみに上で紹介しているものは70歳未満の方が対象で、70歳以上の方の場合は料金体系が異なってきます。
申し込み手続きは通常手術を行う前に行ないますが、手術後でも申請する事で自己負担限度額を超えて支払った料金が払い戻されます。高額療養費制度の申請手続きの詳しい方法についてはご自身が加入している健康保険の窓口にお問い合わせください。
ETS手術により手汗を止めると、高温の環境下で背部、腰部に汗が増える傾向があるようです。これを代償性発汗と呼びます。
手汗は止まったのはいいものの、今度は代償性発汗による汗に悩まされるという患者さんも少なくありません。ETS手術は代償性発汗という副作用を引き起こすリスクを伴った手術である事をしっかり頭に入れておきましょう!
代償性発汗の詳細について知りたい方はこちらの記事にも目を通しましょう!
では代償性発汗が引き起こされる確率はどの程度のものなのでしょうか?
いくつかの病院のデータを紹介していきます。まず、いけべ病院では代償性発汗が発症する確率は70~80%としており、おだクリニックでは、これまで3700以上の患者に対しTh4(手汗を引き起こすシグナルを伝達する交感神経)遮断を行っていて、98%以上の患者が代償性発汗の症状を感じているとのことです。
かなりの確率で代償性発汗が引き起こされるようですね。
一方、山本英博クリニックの山本英博院長は「代償性発汗は3~8%ぐらいの患者さんにみられる」
と述べています。他のデータと比べて何かの間違いではないのかと思うほどに低い値ですよね。どうやらこの方は代償性発汗治療のスペシャリストらしく、今まで1万人以上の多汗症の患者の治療に携わってきたとのこと。
どこまでこのデータが信用できるのかは定かではないですが、ただ一つ言えることは代償性発汗が起こる確率は0ではないという事です。
代償性発汗の程度には個人差があることは知られています。ETS手術では必ず代償性発汗が生じ、その程度に差があるので、軽度の代償性発汗の患者は自覚症状が無く、発症していないと勘違いしているのではないのか、という論理もあるようです。
いずれにせよ、高確率で代償性発汗という副作用を生じる手術であるという認識を持っていた方が良いでしょう!
ETS手術後稀に手汗が再発することがあり、その割合は5%程度だといわれています。
術後に再発してしまう原因には大きく3つの場合が考えられます。まず一つ目は切除する所だけでは手汗を止めるには不十分だったという事が考えられます。
手汗の分泌と深い関係があるとされている交感神経はTh2,Th3,Th4の3つがあり、数字が小さいものほど手汗を止める効果が高く、かつ副作用も大きいとされています。
今現在では副作用の観点からTh4だけを切断するという手術が主流であり、それだと1.1%の人に対しては手汗を止めるには不十分であるというデータがでています。
二つ目の原因としては、手術において交感神経の切断が不十分であったという事が考えられます。通常神経は完全に切除されると再生する事はありませんが、切除が不十分であると交感神経は高い回復力をもつので、術後数ヵ月で神経がつながり手汗が再発してしまう事があります。
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